結論:咳の診療は「危険所見→期間→治療可能な原因」の順で進める
咳嗽はよくある主訴ですが、肺炎、肺塞栓、心不全、結核、肺癌などの見逃しを避けながら、不要な抗菌薬や検査を減らす必要があります。
成人では、まず次のように期間を分けると鑑別が整理できます。
- 急性咳嗽:3週間未満
- 遷延性咳嗽:3〜8週間
- 慢性咳嗽:8週間以上
ただし、期間分類は緊急性評価の代わりではありません。呼吸不全、喀血、胸痛、全身状態不良があれば期間にかかわらず緊急評価します。
最初の1分でRed flagを探す
- SpO2低下、呼吸数増加、努力呼吸
- 喀血、胸痛、失神、片脚腫脹
- 高熱、悪寒戦慄、意識障害、低血圧
- 体重減少、寝汗、長引く微熱
- 嗄声、嚥下障害、喘鳴・吸気性雑音
- 免疫抑制、活動性癌、結核曝露
- 突然発症、異物誤嚥を示唆する経過
Red flagがあれば、胸部画像、心電図、血液ガス、感染対策、造影CTなどを病態に応じて急ぎます。咳止めを処方して帰す場面ではありません。
問診は「いつ・何と一緒に・何で悪化するか」
時間軸
発症日、ピーク、改善傾向、夜間・早朝、季節性を確認します。上気道感染後に徐々に改善する咳と、数週間悪化し続ける咳では意味が違います。
随伴症状
- 発熱・膿性痰:感染症
- 呼吸困難・胸痛:肺炎、肺塞栓、心不全、気胸
- 鼻汁・鼻閉・咽頭違和感:上気道由来
- 喘鳴、夜間・運動・冷気で悪化:喘息
- 胸やけ・呑酸:胃食道逆流。ただし症状がないこともある
- 体重減少・寝汗:結核・悪性腫瘍
曝露と薬剤
喫煙・加熱式たばこ、職業粉じん、ペット、カビ、感染者との接触、渡航を確認します。ACE阻害薬は開始から時間がたって咳が出ることもあるため、薬剤名と開始時期を見ます。
期間別の考え方
急性咳嗽:感染だけに寄せない
多くはウイルス性上気道感染ですが、肺炎、COVID-19・インフルエンザなどの流行性呼吸器感染症、喘息増悪、心不全、肺塞栓、気胸を症状と身体所見で除外します。膿性痰だけでは細菌感染を証明しません。
遷延性咳嗽:感染後咳嗽か、別の原因が残っているか
上気道感染後の咳は3〜8週間続くことがあります。ただし百日咳、喘息、上気道咳症候群、肺炎後変化を検討し、悪化・Red flag・異常画像があれば「感染後」と決めつけません。
慢性咳嗽:治療可能な特徴を順に探す
胸部X線と呼吸機能検査を基本に、次を評価します。
- 喘息・好酸球性気道炎症
- 上気道咳症候群・鼻副鼻腔疾患
- 胃食道逆流・食道運動異常
- ACE阻害薬
- 喫煙関連疾患、COPD、気管支拡張症
- 結核、間質性肺疾患、肺癌
ERSガイドラインは、初期評価として病歴・診察、胸部X線、スパイロメトリーを重視しています。胸部X線と診察が正常な全員に、ルーチンで胸部CTを行うわけではありません。Red flag、異常X線、治療反応不良などで追加します。
身体診察で見るところ
- 会話可能か、呼吸数、SpO2
- 発熱、頻脈、低血圧
- 吸気性雑音、喘鳴、crackles、呼吸音左右差
- 鼻粘膜、後鼻漏、咽頭、嗄声
- 頸部リンパ節、ばち指
- 頸静脈怒張、浮腫、心雑音
- 下肢の左右差・圧痛
聴診が正常でも喘息や肺塞栓は否定できません。診察は事前確率を動かす材料として使います。
検査の使い分け
| 検査 | 主な目的 | 注意点 |
|---|---|---|
| 胸部X線 | 肺炎、腫瘤、心不全、間質影 | 正常でもすべてを除外しない |
| スパイロメトリー | 気流制限、可逆性 | 症状がない時期は正常のことがある |
| 呼吸器感染検査 | 流行・曝露・治療判断 | 検査前確率と時期を考える |
| FeNO・好酸球 | 好酸球性炎症の補助 | 単独で原因を確定しない |
| 胸部CT | X線異常、Red flag、難治例 | 全慢性咳嗽へ一律には行わない |
治療的診断は一つずつ評価する
複数の治療を同時に始めると、何が効いたか分かりません。疑う原因に対して期間を決めた治療を行い、咳の頻度・夜間覚醒・生活障害などで反応を評価します。反応がなければ中止し、診断を見直します。
胃食道逆流症状がない慢性咳嗽に、制酸薬を一律長期投与するのは避けます。喘息治療も、客観的検査と短期間の反応評価を組み合わせます。
上級医への報告例
「咳が6週間続くため遷延性咳嗽です。SpO2 98%、呼吸数16、喀血・胸痛・体重減少はありません。3週間前の感冒後から改善傾向ですが、夜間と冷気で悪化します。胸部X線に浸潤影はなく、喘息・感染後咳嗽を考えてスパイロメトリーを依頼し、治療反応を期間を決めて評価します」
よくある失敗
- 咳の期間を聞かず、すべて「気管支炎」にする
- 膿性痰だけで抗菌薬を処方する
- ACE阻害薬、喫煙、職業曝露を確認しない
- 喀血、低酸素、体重減少を見落とす
- 複数治療を同時に始め、効果判定できなくする
- 正常胸部X線だけで重篤疾患を完全に除外する
Take-home message
- まずRed flag、次に3週・8週の時間軸で整理する
- 急性咳嗽でも肺炎・肺塞栓・心不全を臨床像で除外する
- 慢性咳嗽では胸部X線とスパイロメトリーを基本にする
- 喘息、上気道、逆流、薬剤など治療可能な原因を一つずつ評価する
- 治療反応が乏しければ「咳止め追加」ではなく診断を見直す