この記事の結論

入院中のAST・ALT上昇を見たら、最初に「原因当て」ではなく、肝不全へ進む兆候がないかを確認します。AST・ALTは障害のマーカーであり、肝の合成能はPT-INR、低血糖、アルブミン、意識・アンモニアなどで評価します。その後、R比で肝細胞障害型・胆汁うっ滞型・混合型に分け、薬剤、虚血、胆道閉塞、感染症・ウイルス、筋障害を並行して調べます。

本記事は成人入院患者を対象とする教育資料です。急性肝不全、妊娠、免疫抑制、移植後、抗がん薬・免疫チェックポイント阻害薬使用中は、早期に肝臓専門医と各診療科へ相談してください。

最初の10分で行うこと

  1. 意識、血圧、発熱、腹痛、黄疸、出血、低血糖を確認する
  2. AST、ALT、ALP、総・直接Bilを再確認し、PT-INR、血糖、Albを追加する
  3. 直近の低血圧、低酸素、敗血症、心不全、手術・処置を振り返る
  4. 入院前を含む全薬剤・市販薬・サプリの開始日、増量日、中止日を一覧にする
  5. CK、LDH、血算、溶血所見を確認し、肝外由来を見落とさない
  6. 胆管拡張、胆石、血流、肝実質をみる腹部超音波を手配する
  7. 重症所見があれば非必須薬を止め、肝臓専門医・高次施設へ相談する

「肝逸脱酵素」と「肝機能」を分ける

  • AST・ALT:肝細胞障害の程度を示すが、ASTは骨格筋・心筋・溶血でも上がる
  • ALP・γ-GTP・Bil:胆汁うっ滞の手掛かり
  • PT-INR、血糖、Alb:肝合成能・重症度の手掛かり
  • 意識、アンモニア:肝性脳症の評価に使うが、アンモニア単独で診断しない

AST・ALTが下がっていても、壊死が進みPT-INRやBilが悪化している場合があります。数値の低下を回復と即断しません。

レッドフラッグ

  • 意識変容とPT-INR延長を伴う急性肝障害
  • PT-INR、Bil、乳酸、Crが短時間で悪化する
  • 低血糖、代謝性アシドーシス、循環不全
  • 強い右上腹部痛、発熱、黄疸、敗血症
  • AST・ALTが著明高値で、虚血・アセトアミノフェン中毒が疑われる
  • 好酸球増多、発熱、顔面浮腫、皮疹、粘膜障害を伴う薬剤反応
  • 妊娠中の高血圧、溶血、血小板減少

急性肝不全が疑われる場合は、原因検査の完了を待たずに移植可能施設を含む高次施設へ相談します。

R比で障害パターンを整理する

R比は、同じ採血時点の基準上限を使って計算します。

R = (ALT ÷ ALT上限値) ÷ (ALP ÷ ALP上限値)

R比 パターン 主な候補
5以上 肝細胞障害型 薬剤、ウイルス、虚血、自己免疫、毒性
2以下 胆汁うっ滞型 胆道閉塞、薬剤、敗血症、浸潤性病変
2超〜5未満 混合型 薬剤、感染症など

R比はDILIの表現型を整理する道具で、原因を確定する検査ではありません。

入院中に優先する鑑別

1. 薬剤性肝障害(DILI)

新規薬だけでなく、抗菌薬、抗てんかん薬、解熱鎮痛薬、漢方・サプリ、静注薬、増量・再投与を確認します。DILIは除外診断であり、投与開始からの潜時、他原因の除外、中止後の推移を統合します。疑わしい薬を自己判断で再投与して確かめてはいけません。

2. 虚血・低酸素

ショックが明瞭でなくても、敗血症、低酸素、急性心不全、不整脈、出血で肝血流が低下します。血圧記録、酸素化、乳酸、心機能、LDHの推移を確認します。

3. 胆道閉塞・胆管炎

発熱、右上腹部痛、黄疸、Bil・ALP上昇があれば緊急度が上がります。超音波で胆管拡張がなくても早期閉塞や小結石は否定できず、必要なら造影CT、MRCP、内視鏡的評価を相談します。

4. 感染症・ウイルス

HBV、HCV、HAV、HEVを曝露歴と臨床像で選びます。免疫抑制ではCMV、EBV、HSVなどを追加します。敗血症そのものも胆汁うっ滞を起こします。

5. 肝外由来

CK高値、筋痛、褐色尿があれば横紋筋融解を、貧血・LDH高値・ハプトグロビン低下なら溶血を考えます。甲状腺疾患、心筋障害も文脈に応じて評価します。

検査の組み立て

基本セット

  • AST、ALT、ALP、γ-GTP、総・直接Bil、LDH
  • PT-INR、Alb、血糖
  • 血算、Cr、電解質、CK
  • 尿検査
  • 腹部超音波

病歴で追加

  • HAV IgM、HBs抗原・HBc IgM、HCV抗体・RNA、HEV IgA/IgMなど
  • ANA、IgG、抗平滑筋抗体など自己免疫性肝炎評価
  • アセトアミノフェン濃度、毒性物質
  • 溶血検査、甲状腺機能
  • 妊娠関連検査

薬剤をどう止めるか

  1. 全薬剤を「必須」「代替可能」「中止可能」に分類する
  2. 被疑度だけでなく、中止による不利益も評価する
  3. 重症DILIが疑われる場合は、非必須の被疑薬をまとめて中止する
  4. 抗菌薬、抗てんかん薬、ステロイドなど急な中止が危険な薬は担当科・薬剤師と代替を決める
  5. 採血間隔は重症度と変化速度で設定する

軽症でも「1種類ずつ止めて待つ」を機械的に行いません。重症度が高ければ原因同定より安全確保を優先します。

よくある落とし穴

  • AST・ALT上昇をそのまま「肝機能低下」と表現する
  • 基準上限の異なるALPを使ってR比を誤る
  • 入院後に開始した薬だけを見て、入院前の市販薬・サプリを聞かない
  • 腹部超音波が正常なのでDILIと決める
  • γ-GTP単独上昇に広範な検査を反射的に追加する
  • AST・ALT低下を改善と考え、PT-INR・Bil悪化を見逃す
  • DILI疑い薬を診断目的で再投与する

よくある質問

Q. 無症候で上限の2倍未満なら再検だけでよいですか?

外来の偶発的軽度上昇と、入院中の新規変化は背景が異なります。薬剤、循環、感染、基準値からの変化を確認し、重症度評価をしたうえで再検間隔を決めます。

Q. DILIの診断にDLSTは必須ですか?

必須ではなく、陰性でも否定できません。薬歴、潜時、障害型、他原因の除外、中止後経過が中心です。

Q. 肝生検はいつ行いますか?

診断不明、自己免疫性肝炎との鑑別、遷延・重症化などで専門医が検討します。多くの初期評価で最初の検査ではありません。

適用範囲

成人の一般病棟・救急で新たに認めた肝逸脱酵素上昇を対象とします。慢性肝疾患の定期評価、胆道手術後、肝移植後、免疫関連有害事象は専用プロトコルを優先してください。

まとめ

入院中の肝逸脱酵素上昇では、PT-INR・Bil・意識・血糖で重症度を先に確認し、R比でパターンを整理します。薬歴、虚血、胆道閉塞、感染、筋障害を同時に調べ、重症例は原因確定を待たず専門医へつなぐのが安全です。