結論:「食べない」を一つの病名にしない
高齢者の食欲不振は、感染、悪性腫瘍、心肺疾患、消化器疾患、内分泌・代謝異常、薬剤、口腔・嚥下障害、うつ、認知機能、孤立や経済問題が重なって起こります。最初から「加齢」「認知症」「うつ」と決めず、緊急性、器質疾患、薬剤、心理、社会、栄養を並行して評価します。
食欲増進薬を処方することが初期対応ではありません。原因治療、食べられない障壁の除去、目標に合った栄養支援が中心です。
最初の10分で行うこと
- バイタル、意識、脱水、低血糖、低酸素を確認する
- いつから、何をどれだけ食べられないか、体重推移を聞く
- 嘔吐、腹痛、嚥下痛、呼吸困難、発熱、便通を確認する
- 口腔内、義歯、嚥下、腹部、心肺、浮腫を診察する
- 新規薬、増量、中止、OTC、サプリ、飲酒を一覧化する
- 気分、意欲、睡眠、喪失体験、自殺念慮を直接確認する
- 独居、買い物、調理、介護、経済、食事環境を聞く
- 低栄養とリフィーディングリスクを評価する
直ちに対応するレッドフラッグ
- 循環不全、重度脱水、乏尿、意識障害
- 低血糖、重度電解質異常、急性腎障害
- 急性腹症、持続嘔吐、消化管出血、腸閉塞疑い
- 嚥下障害による誤嚥・窒息、呼吸不全
- 発熱と敗血症所見
- 短期間の著明な体重減少、進行する局所症状
- 自殺念慮、セルフネグレクト、安全が保てない生活環境
鑑別は6つの箱で整理する
1. 急性・慢性の器質疾患
感染症、悪性腫瘍、心不全、COPD、腎・肝疾患、甲状腺疾患、副腎不全、糖尿病、便秘、消化性潰瘍、膵胆道疾患を症状と経過から絞ります。高齢者では発熱や疼痛が目立たないことがあります。
2. 薬剤・物質
オピオイド、抗コリン薬、ジゴキシン、一部の抗菌薬、GLP-1受容体作動薬、抗うつ薬などは悪心・味覚変化・便秘・食欲低下に関与します。薬剤名だけでなく開始・増量時期との時間関係を見ます。
3. 口腔・嚥下・感覚
歯痛、義歯不適合、口腔乾燥、口腔カンジダ、味覚・嗅覚低下、嚥下障害を確認します。「食欲がない」が、実際は「食べると痛い」「むせるのが怖い」であることがあります。
4. 精神・認知
うつ、せん妄、認知症、アルコール関連問題、悲嘆を評価します。PHQ-9などはスクリーニングであり診断そのものではありません。陽性時は臨床面接を行い、自殺念慮があれば安全確保を優先します。
5. 社会・環境
独居、孤立、貧困、買い物や調理の困難、介護負担、好みに合わない食事を確認します。医学的検査が正常でも、食事へ到達できなければ摂取は回復しません。
6. iatrogenicな食事制限
過度な減塩、糖尿病食、嚥下調整、検査前絶食が食べる楽しみと摂取量を奪っていないか見直します。治療目標に照らして制限を個別化します。
検査は仮説に合わせる
基本検査として血算、電解質、腎肝機能、血糖、Ca、炎症反応、尿検査を検討し、病歴に応じてTSH、胸部画像、腹部画像、内視鏡などを追加します。アルブミン単独を栄養状態の指標にせず、炎症、体重変化、摂取量、筋量・機能を合わせます。
「全身CTを撮ればよい」ではなく、症状、診察、患者の目標に沿って検査の利益と負担を説明します。
栄養支援とリフィーディング
栄養士、看護、ST、歯科、薬剤師、ソーシャルワーカーと原因に応じて介入します。食形態、少量頻回、好み、食事介助、口腔ケア、症状緩和、経口栄養補助を個別化します。
長期間ほとんど食べていない、著明な体重減少、低BMI、低K・P・Mg、アルコール依存などがあればリフィーディング症候群のリスクがあります。電解質と体液量を確認し、チアミンを含む施設手順に従い、慎重に栄養を開始・増量します。
よくある落とし穴
- 「年齢のせい」「認知症のせい」で器質疾患を打ち切る
- 体重と摂取量を定量化しない
- 薬剤を列挙するだけで開始・増量時期を見ない
- PHQ-9陽性だけでうつ病と確定する
- 食欲増進薬を原因評価より先に使う
- 低栄養に急速な高カロリー投与を行う
- 家族が用意できるか、本人が食べたいかを確認しない
FAQ
アルブミンが正常なら低栄養ではありませんか?
いいえ。アルブミンは炎症や体液状態にも左右されます。体重減少、摂取量、身体機能、筋量を合わせて評価します。
食欲増進薬は使えますか?
原因と治療目標を明確にした上で、一部の状況で専門家と検討します。血栓症、せん妄、浮腫などの害があり、漫然投与は避けます。
本人が食べないとき、経管栄養にすべきですか?
可逆的原因、嚥下、予後、本人の価値観、治療目標を多職種で確認します。摂取量だけで自動的に決めません。
適用範囲と限界
本記事は主に高齢成人の食欲不振の初期評価を扱います。摂食障害、妊娠、小児、終末期、重症嚥下障害、栄養投与量の設計は、それぞれの専門チームと施設プロトコルに従ってください。