この記事の結論
猫の歯は細く、皮膚の傷が小さくても腱鞘・関節・骨まで届きます。特に手指の猫咬傷は感染リスクが高いため、早期の十分な洗浄、深さと可動域の評価、予防的抗菌薬、破傷風確認を同時に行います。腱鞘炎、関節炎、骨髄炎、敗血症を疑う所見があれば、外科的洗浄ができる専門科へ早く相談します。
抗菌薬の選択・用量は、アレルギー、妊娠、腎機能、地域耐性、院内採用薬に応じて決めてください。海外や輸入動物・野生動物による咬傷では狂犬病曝露後予防を緊急に評価します。
最初の10分で行うこと
- 咬まれた時刻・場所、猫の飼育状況、ワクチン、海外・輸入歴を確認する
- 指輪を外し、止血後に流水・生理食塩水で十分に洗浄する
- 穿刺創を全周から観察し、深さ、異物、壊死、膿を確認する
- 腱に沿う圧痛、他動伸展痛、関節可動域、知覚・血流を評価する
- 糖尿病、免疫抑制、無脾、肝硬変、人工関節を確認する
- 抗菌薬予防、破傷風ワクチン・免疫グロブリンの適応を判断する
- 深部感染が疑わしければ画像と手外科・整形外科相談を先行する
なぜ猫咬傷は危険か
猫の犬歯は穿刺創をつくり、表面が早く閉じても深部に細菌が残ります。Pasteurella multocidaは猫の口腔内に多く、数時間〜1日程度で急速な発赤・腫脹・疼痛を起こし得ます。感染は多菌種性で、嫌気性菌、連鎖球菌、ブドウ球菌なども想定します。
レッドフラッグ
- 手指・手関節、関節直上、腱走行上の咬傷
- 腱鞘に沿う腫脹・圧痛、指を伸ばすと強い痛み
- 関節可動域制限、骨性圧痛、深部への貫通
- 急速に広がる発赤、リンパ管炎、膿、壊死
- 発熱、低血圧、意識変容、菌血症を疑う所見
- 糖尿病、免疫抑制、無脾、非代償性肝疾患
- 顔面、眼周囲、神経・血管障害
この場合は抗菌薬だけで帰宅させず、外科的評価、静注治療、入院を検討します。
診察のポイント
手指
- 屈筋腱鞘炎の4徴候(指全体の腫脹、軽度屈曲位、腱鞘沿い圧痛、他動伸展痛)
- DIP/PIP/MCP関節の可動域と軸圧痛
- 2点識別、毛細血管再充満、動脈拍動
- 手背・手掌の区画をまたぐ腫脹
全身
皮膚感染だけでなく、肺炎、髄膜炎、菌血症、感染性心内膜炎など侵襲性感染は、高齢者・免疫不全者で起こり得ます。動物接触歴を必ず聞きます。
創処置
- 十分な鎮痛と止血を行う
- 大量の水道水または生理食塩水で洗浄する
- 汚染物・明らかな壊死組織を除く
- 深部構造が見える、異物・骨折が疑われる場合は画像・専門科へ相談する
- 手指の穿刺創は原則として密閉する一次縫合を避ける
顔面など整容上の利益が大きい部位は、十分な洗浄と抗菌薬を前提に専門家と閉創方法を決めます。
抗菌薬
皮膚を破り出血した猫咬傷は、国際ガイドラインでは予防的抗菌薬の対象です。第一選択は、Pasteurellaと嫌気性菌を含む混合感染を覆うアモキシシリン/クラブラン酸が一般的です。
- 予防は短期間(NICEでは3日)が目安
- 感染成立例は通常5日を基本に、深部感染・反応不良で延長
- 重症、内服困難、深部感染では静注治療を選ぶ
- ペニシリンアレルギーは反応型、妊娠、年齢、腎機能を確認し専門家と代替を選ぶ
セファレキシン単剤やクリンダマイシン単剤はPasteurellaを十分に覆わない場合があり、反射的に選びません。
破傷風と狂犬病
動物咬傷は唾液を含む汚染創です。破傷風の基礎接種完了と最終接種時期を確認し、汚染創の基準でワクチン、必要時は破傷風免疫グロブリンを検討します。
国内の通常の飼い猫でも、海外での受傷、輸入動物、野生動物、異常行動のある動物では狂犬病リスクを別に評価します。疑わしい曝露は創洗浄後、保健所・感染症専門家へ直ちに相談し、曝露後ワクチンと免疫グロブリンを遅らせません。
検査と画像
- 軽症の新鮮咬傷では培養は通常不要
- 膿・滲出液がある感染創は培養する
- X線:骨・関節損傷、歯など異物、ガス
- 超音波:膿瘍、腱鞘液、異物
- MRI:骨髄炎、深部感染を疑う場合
- 血液培養:発熱、敗血症、免疫不全
よくある落とし穴
- 傷が2〜3mmなので浅いと判断する
- 手指の可動域を記録しない
- 洗浄より先に創を閉じる
- 抗菌薬を出して、24〜48時間後の再評価を設定しない
- 破傷風歴を「たぶん接種済み」で済ませる
- 猫ひっかき病とPasteurella感染を同じ経過と考える
- 海外受傷で狂犬病評価を後日に回す
よくある質問
Q. 猫に引っかかれただけでも同じですか?
皮膚が破れ、爪が唾液で汚染されていればPasteurella感染は起こり得ます。深さ、部位、患者背景で同様に評価します。亜急性の所属リンパ節腫脹は猫ひっかき病も考えます。
Q. 発赤がなければ抗菌薬は不要ですか?
猫咬傷、とくに手の穿刺創は発赤前でも予防対象です。受傷時刻、深さ、部位、免疫状態で判断します。
Q. いつ再診にしますか?
手指や高リスク患者は24〜48時間以内の再評価を設定し、発赤拡大、疼痛増悪、発熱、可動域低下があれば前倒しで受診するよう説明します。
適用範囲
成人の猫咬傷・掻傷を対象とします。小児、顔面、眼球、妊娠、免疫不全、海外曝露では小児科・形成外科・眼科・感染症科などの指示を優先してください。
まとめ
猫咬傷では創の大きさより、深さと解剖学的位置が重要です。十分な洗浄、腱・関節・神経血管評価、適切な抗菌薬、破傷風・狂犬病確認をセットで行い、手指の異常は早めに外科へつなぎましょう。